池本克之

自分はいつも正しいのか?


From:池本克之

ある日の夕方、チャリティーマラソンの練習でランニングをしていたら、丘の上の公園から何人かの人が夕焼けを見ていた。「ああ、きれいだなあ」と私も思わず足を止めた。

子供連れの親子が写真を撮ろうとしていた。「撮りましょうか」と声をかけようとした。

でも、しなかった。僕は練習の途中でちょっと立ち止まっただけ。自己正当化が始まった。

まず、おさらいから

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自分はいつも正しいのか?


From:池本克之

誰かに何かをしてあげようと思ったのにしなかった。この誰にでもある経験が「箱」の始まりになることがある。エレベータの「開」を押して待っていてあげようとか、交差点で道を譲ってあげようとか、そんなことなんて日常いくらでもあるから。

不思議なこと

「してあげようと思った」「きっと喜ぶだろうな」「気を利かせてやっておこう」といった自分の気持ちを裏切ると不思議なことが起こります。
このメルマガでは「心の持ち方」には、「思いやりの心」と「抵抗心」の二つがあることを何度かお伝えしてきました。
だとすると、その二つはいつ、どうやって決まるのか?という疑問がないでしょうか?
例えば、こんなことがありました。
オフィスでコピーを取っていたら、用紙が切れてしまいました。
そこで、私はどうしたか・・・。
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人を物として扱う瞬間


From:池本克之

新しい仕事を依頼してくれた社長が、初回のミーティングをドタキャンしてきた。急な予定が入ったとか、次の予定もわからないとか、申し訳なさそうな話しぶり。でも、仕事を頼むのを迷っているんだろうなというのがなんとなくわかってしまう。それならそうと言ってくれればいいのに。そんなことも言えないから、業績が上がらんのよ。

あれ?急に社長の見方が変わった。

さっきまで、業績を激変させる戦略を社長のために考えていたのに。
一瞬で「箱」に入った話。

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ヒドイ状況だから気づけるもの


From:池本克之

中国のビジネスをしているから中国に振り込みをすることがたまにある。その日も銀行で手続きをしようと長い列に並んでいた。やっと順番が来たら、今度は「それはできない」「会社の謄本はないのか」と言われあまりの複雑さ、意味のないルールの多さに段々腹が立ってきた。
「自分のお金を動かすだけなのに、なんでこんなに余計な時間がかかるですか」
また、言わんでもいいことを言ってしまった。
ついでに「高い給料取ってるんだから、お客さんを向いて仕事しましょうよ」とも言ってしまった。
彼らは忠実に働いているだけ。まるで彼らが無能で、僕が優れているかのように、彼らと自分を扱っている「箱」の中の僕がいた。

30歳、勝つか負けるかがすべてだった

他人に勝つためには、会社を成長させるには、犠牲があって当然だ。
本気でそう思っていた。
「人に優しくするなんて必要はないし、それが気に入らないんだったらどこへでも消えてくれればいい」と公言していた。
「オマエの代わりはいくらでもいる。黙ってやるか、イヤなら辞めるかどっちかにしろ」とも言った。

なんて傲慢なヤツ

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なぜ伝えたいと思ったのか

From:池本克之

僕は数年前までは、父に対してずっと「箱」に入っていた。何年も何十年も「箱」から出る気もなかった。ところが、「箱」の話を知って「箱」から出て父と接することができるようになった。しかし、いまでも時々「箱」に入る時がある。最近では、健康状態が良くなかった父が具合がいいというので、温泉旅行に連れていったら「移動するのもしんどい」と言う。「じゃあ、来る前に言ってよ。帰りはどうすりゃいいんだ!」。
楽しんでもらいたいと思ったのに、なぜ余計なことを言ってしまったのか。
「箱」からすぐに出る術を知っていてよかった。
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